【取り損ねた特許】

 ミュージシャンはお金に縁のある人が少ない。
 
中にはもの凄く縁の深い人も時たまいることはいるが、総じて縁が薄い。筆者もご多聞に漏れずだが、先輩のミュージシャンで日本のバリトンサキソフォン奏者の第一人者として有名な「T・H氏」。筆者もレコーディングスタジオや、TV番組の「ミュージックフェア」等でよくご一緒したが、この話を何度も聞いているので、そのことが、今でもとても悔しいに違いない。それもそのはず、この話を聞いて残念に思わない人はまず、いないであろう大変な後悔をなさった経験者である。
昔、音楽業界では、ごく常識的な、ごく日常に使っていた≪言葉 ≫があり、ごく当たり前にその≪言葉≫を、ごく頻繁に使っていた。その日も仕事に行き、ごく普通のレコーディングを、ごく当たり前にその仕事としておこなった。
今まで何も感じなかった事が、なぜかその日に限って、なぜかその≪言葉≫が気になり、『よし、この≪言葉≫を俺の特許にしてやろう』と、特許庁に申請に行った。
「係りの人は毎日ウンザリするほどの人を相手にしてるんじゃないかな?、ごく事務的にさあ、[ここに同じものか、すでに登録されているものがないか探して下さい、なかったら申請書を作成します]って、男の力で持ち上がらないくらい厚い本を何冊も、ドーンと目の前に置かれてサあ、一瞬面食らっちゃったよ。

でも気持ちを奮い立たせて、調べ始めたけど、一日で終わる数じゃないから、次の日もまた行ったんだよ、一日目はともかく、二日目になったらその本の量が倍くらいに見えるんだよね、これで、あ、もうあきらめようって帰って来ちゃったよ。
その数年後にはこのネーミングの特許料が年間、億単位で入ったらしいんだよ、特許をとる人って言うのは才能よりまず、あの本を調べ上げる根気がある人だって判ったよ」今は数回聞いている話なので「ああ、あの話だな」と思うが、しかし何度聞いてももったいない、と思うのがこの話である。
オーケストラの事を業界用語で「オケ」という。メロディー抜きのオケだけの音、これを空のオケすなわち「カラオケ」。
この言葉は普通に使っていたなんでもない言葉なのに、莫大な金銭を生み出す言葉になろうとは、無念「T・H氏」。なして行かなければならない、ある意味で大変過酷な職業である。

2005.07