【ミュージシャンの必修科目 其の六】

8.【はこ】
劇場等、毎日同じ場所(この場合レコーディング等より実際に聴衆のいるケースの方が多い)で演奏する事。0000000000
「今びーたーは(旅行の仕事)多いの?」
「今月は【はこ】に入っているからずっといるよ」
「【はこ】ってどこ入ってんの?」
「ミュージカルで新宿のコマに入ってんだよ」
会社勤めのサラリーマンの人達には、このような会話がとても不自然に聞こえると思うがミュージシャンにとって仕事場所が毎日変わるのはむしろ当前で、感覚的に会社勤めの人達とは正反対である。
今の若いミュージシャン達、或いはこれからミュージシャンを目指している人達は修行の場所が、昔目指した人達と比べ、極端に少なくなったので苦労している。
その第一の理由はマンモスキャバレーがなくなった事。
マンモスキャバレーには『フル・バンド』がメインにいて『コンボ・バンド』『コーラス・バンド』(もっと古くは『コーラス・バンド』でなく『タンゴ・バンド』が入っていた)

ちなみにその編成たるや

『フル・バンド』
トランペット4名・トロンボーン4名・サキソフォン5名
ピアノ1名・ドラムス1名・ベース1名
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(贅沢な所では更にギター1名。)
『コンボ・バンド』
トランペット1名・アルト・サキソフォン1名
テナー・サキソフォン1名・ピアノ1名・ドラムス1名
ベース1名。
『コーラス・バンド』
サキソフォン1名・キーボード1名・ギター2名
ドラムス1名・ベース1名・ボーカル1名。
『タンゴ・バンド』の場合
ピアノ1名・ドラムス1名・ベース1名・バイオリン1名
バンドネオン2名。

コンボ・バンド以下は各個性で編成は変わってくるが、およそひとつのキャバレーでこれだけのミュージシャンが仕事として成り立っていた。 マンモスキャバレーは数十名のミュージシャンを支えてくれていた。00000000000000000000000
 しかし全員に希望通りのギャラが出ている訳はなく、主要なパー
ト以外はアルバイトをしても食っていくのが難しい程の、いわば雀
涙程度のギャラであった。
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 リーダーが、店からまとめてていくら方式で貰ったギャラを『駆け出し』のミュージシャンに雀の涙が乾いた程度払い、その分を主要パートと自分の取り分に回し、成り立たせていた。
いわば「バンマス」(バンドマスター)である。

将来一流のミュージシャンになってあわよくば有名になり、自分のコンサートで演奏ツアーを組み、日本国中、いや世界中を制覇する夢を持つ若きミュージシャンは、楽屋であろうと、道路っ端であろうと、構わず練習に励み、休日は別のキャバレーのバンドへ飛び込みで、昔の武士のならば他流試合とでもいえる。
もちろんノーギャラで演奏させてもらう。
6ヵ月〜1年位でひとつのバンドの譜面を習得すると、辞めて別のバンドに移る。 こういう生活の中3〜4年位で頭角を現した者がフリーとなり、名々、目指す分野の音楽でライブ活動を始める。
これだけではまだまだ食っていけないので、実力を認められた者はスタジオミュージシャンとして飯の種を確保しながら、自分の音楽活動をする。

昔のキャバレーはミュージシャンを大量に生産してくれ「はこ」と呼ばれた一番大きな学校であったのは間違いない。

次回乞うご期待。

2004.08