【ミュージシャンの必修科目 其の参】

5.おつかれさまでした
たいした意味もなく只、別れ際の挨拶に使う慣例用語。
年功で「おつかれさまでした」をフルで言わずに「おつかれさん」とか「おつかれさま」とかで済ます。

この世界に入るときに『憧れだった人から労いの言葉を頂いた』ということで誰でも一度は大感激を経験する。
この事から『でした』抜きのこれを一日も早く使いたい一念で真面目な奴は精進し、不真面目な奴は寝たり博打をしたりを繰り返し、使える日を虎視眈々と目を皿のように息を殺して只々待つ。
「でした」を言わないで済む日を意識するあまり「おはようございます」も「おつかれさまでした」も、すべての挨拶を「でした」で済ます『芸能界寄生人』も相当数見え隠れしている。
とにかく自分は他人と違う特別な人間であると勘違いする事夥しい99%のミュージシャンがそうであるように自分独特の言葉を使いたがる。 「おつかれ」など良い方で元々何でも逆さに言いたがるこの職業の人達だが「れつおか」等と言い出すもってのほかの輩も現われ、年功をも誤魔化し、自分が音楽を目指した頃は既にスターだった人達にも対等の仕事が出来るようになると同じ位のキャリアがあるような話振りで何とか実力だけでなく年数まで上に言いたがる。 ひどい究めつけは30歳そこそこで戦前の話をしたり、だんだんエスカレートしてくると「俺が明治天皇の前で演奏した時にはそばで乃木大将が感動して泣いちゃってさあ」「俺なんか家光の前でフリージャズやった時、大久保彦左衛門がのっちゃって一緒に踊っちゃったよ」「あの頃はフリージャズ全盛だもんな、俺も源頼朝の前で演った時なんかエライ目にあっちゃってよー那須与一とビリーザキッドが喧嘩んなっちゃって、目の前で矢は飛んでくるはピストルの弾はキューンと弾けるはで一緒に演奏してたキャノンボールなんかサックスに穴があいたって源頼朝に弁償してもらってたよ」「俺サルサのグループやってた時にメレンゲ踊れる娘いないか探してたら飛び入りで踊ったのが『卑弥乎と静御前』これが目茶うま」ミュージシャンの楽屋では、こんな話が日常茶飯事でとびかっている。 「おつかれ」

次回乞うご期待。

2004.05