【某指揮者の逸話 其の壱】

はっきり名前を書いてしまうと名誉にかかわるほどの逸話も混じるので「O・MとB・Sオーケストラ」としておこう。
日本のダンスコンテストでは、このグループの右に出るものはない程の名指揮によるバンドであった。 名指揮者で既に亡くなられた方なのでどうしても誰か知りたいという方はベテランのミュージシャンならたいてい知っているのでお聞きになられるとよいだろう。
まず手始めにこんな話がある。 昔浅草に松竹系の「国際劇場」という立派な女子歌劇団を擁するレビューの劇場があった。000「春の踊り」とか、歌劇団の催しで使っていない期間は、他の日本劇場などと同じように「○△歌謡ショー」といった歌手のイベントなどにも解放していた。0000000000000000000
そのある歌謡ショーでのこと。 歌手が数曲歌い終わり、芝居のコーナーに入る際、当然バンドの方に向いて指揮をしていたO・M氏、コーナーが変わるのでエンディングの音を客席に向き直して指揮をし終わる。
ここが並の指揮者ではないところで、ある意味自分がスターである事がわかっているから、サービスのつもりと力の入った指揮で向き直る。 このときに幕が降り幕の前でコントが始まる。
取り方が御用提灯を持って5〜6人「御用だ!御用だ!」と叫びながら出てくるよくある劇場風景である。 滅多にない風景は、かのO・M氏の前に幕が下りるはずが、サービス過剰のO・M氏が前に出過ぎたためにO・M氏とバンドの間に幕が降り、仕方なく
舞台袖【注1】に引っ込もうとしたら、御用提灯をかざされて「御用だ!御用だ!」またまたやむなく反対側に引っ込もうとしたら、反対側からも「御用だ!御用だ!」
行き場を失ったO・M氏、センターまで戻って御用提灯に囲まれ、さあ困った。 ここが並の指揮者でないところ両足を七三に構えていっぱいに広げ、左の手のひらを開き前に突き出し右の手のひらを広げ頭上に持ち上げ歌舞伎役者まっつぁおの「大見栄」を切った。
00000000000000000000000・・・つづく

【注1】舞台左右に出演者が引っ込むところを舞台袖という

次回乞うご期待。

2003.9