【ある楽隊屋さんの裏話】

全ての人が自分以外の光を浴びながら生きている。
神仏の光、友人の光、様々な光でも特に親の光などは七つもの光を放っているらしい。【注1】
知る人ぞ知る「松」「桐」「坊主」でさえ三光である。そのさらに倍以上の輝きであるからして、かなうものはない。
新年の初日の出さえ後光(五光)であるのは有名。


ミュージシャンにかかわらず、どの分野でも共通しているがコネを持ってる人、持たない人では駆け出すにも相当なハンデがある。そのハンデを乗り越えてトップグループに躍り出る人は大したもので、そうなった人はどうしても自慢せずには居られない。
何故ならコネを持っている人は、そのコネの大元そのものが”自分の沽券にかかわる事”と強力な後押しをする。トップグループに無理矢理入れてしまう事も間々あるが、入れる教育そのものを施す術を知っているので本当に実力が着いてしまう事が多く参る。実際皆さんの周りにいるコネを持った人が、晩年にはちゃんと実力者になっているのをみているはずである。
駆け出しの時点、あるいは差がついていく過程で「あの野郎コネを利用しやがって」と妬みからコネのせいにし、己の努力の無さを省みない。そんな人が多い中だから、努力の積み重ねだけでトップグループに入った者は、逆にコネの無さを自慢せずには居られない。
が、しかし、成功を実力だけで勝ち取った、かのコネ無し人間がひとたび親になると、なんのことはない。自分がコネにならずにはいられない。現実に十四光、二十一光とピッカピカに輝きっぱなしで熟睡できるのか心配になる程の家系があるが、おおむね一流以上の実力者になっている。おそらく拙なる小生のような凡人が想像するに影響力を持つ人が七つもの光を出せるようになったのは、他人より一つずつ秀でていくたび新たな光が備わり、七たび秀でた結果影響力を持つ程の光りを身につける事に成功したと推察する。
小生も、信じられないかもしれないが人並みに愚息を持つ身。今年こそ一光ぐらいはなんとか身につけたいものである。0000

【注1】頭髪が無いなどの光は七つの内に入らないという研究データがでている

次回乞うご期待。

2003.8